2018/12/12

山登りの基本は、「迷ったら引き返す」。それは企業経営も同じ。

ナショナル・ジオグラフィックChで、2016年11月から放送されていた「マーズ-火星移住計画-」というドラマをご存知だろうか。

 

要旨、人類が片道切符の火星移住者を募り、その最初の開拓者が火星に到着し、苦労を重ね定住の地を切り拓こうとするものだ。

その映像はまさに精緻を極め、本当に火星上でロケをしているかのような大迫力で観るものを魅了した。

 

しかし、開拓はもちろん一筋縄ではいかない。生きていくために不可欠な水脈も見つからない中、入植者たちは全滅の危機に晒されていた。

 

そして、火星開拓に社運をかけて参加したある会社の経営者は役員会で突き上げを喰らい、事業からの撤退を進言される。

暗いニュースが連続する中では株主もついにしびれを切らし、CEOに開拓計画への投資を止めるよう詰めよる。

しかしCEOは、そんな株主や役員にこう言い放つ。

「私だって駆け出しの経営者じゃないんだ。損切りくらい知っている。」

そしてプロジェクトと投資の継続を決め、火星現地チームが水脈を探り当てる僥倖を待ち続けた。

そんな多くの人々の期待を背負った現地チームはついに水脈を発見し、感動の最終回を迎える・・・。

 

一応、感動を演出はしているが、正直に言ってこれはどうなんだろうか。

かなり冷めた目でそのドラマを見ていたが、同じような感想を持った人が多かったようだ。

 

結局このドラマは、2シーズン、エピソード7で打ち切られた。

 

「失敗が決定しているのに、撤退できない」という、コンコルド効果

ところで一つ、経営者が陥りやすいとされる経営判断の罠についてお話したい。

「コンコルド効果(コンコルド錯誤)」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

40代以上の世代には懐かしい言葉かもしれない、あの超音速旅客機コンコルドの開発課程から生まれた、心理学上の分類も受ける、ある精神状態のことを指す言葉だ。

 

少し順を追って話したい。

超音速旅客機コンコルドは1969年3月に初飛行を遂げた、英仏共同開発の夢の飛行機だった。

旅客機として世界で初めて音速の壁を超え、その最高速度は実にマッハ2.0。

一般の旅客機がマッハ0.8~0.9(時速800~900km)で飛ぶ中で、倍以上の速さで飛ぶのだからまさに夢の未来旅客機だ。

当時の人達がどれほど心躍らせ、また期待を込めてその登場を待ちわびたのか、想像に難くない。

 

しかし、その華々しいイメージとは異なり、コンコルド計画は計画段階からその成功が疑問視されていた。それはなぜか。

まず、圧倒的な乗り心地の悪さである。

 

旅客機に限らずあらゆる乗り物は、音速の壁を超えることで強烈な騒音と衝撃を伴う。

さらに、音の壁を超えるために設計された機体は居住性も悪く、搭乗できる乗客数も非常に少なかった。

 

その最たるものは離着陸時の体への負担で、無尾翼機と呼ばれる設計を余儀なくされた旅客機は通常よりも速い離着陸速度が要求されたことから、離陸・着陸の双方が非常にストレスであった。

 

もちろん、これだけの速度で飛ぶ機体の燃費は相当に悪い。

同じ時代の主力とされたジェット機、ジャンボジェットと言われたB747に比べて、同じ路線を飛ぶ際の燃料代はおよそ6倍である。

 

なおかつ先述のように、搭乗できる乗客数は少ないのだから、その結果どうなるのか。

航空チケット代の、他の機種とは比べ物にならないほどの高騰である。

このようなことから苦肉の策で、コンコルドは「全席ファーストクラス」と称し、正規料金の運賃でロンドン-ニューヨーク間が片道200万円近い価格に設定された。

 

しかし、その結果得られた「速さに依る果実」はどうだっただろう。

通常、ロンドン-ニューヨーク間のフライト時間は6時間30分ほどだ。

それがわずか、3時間30分に縮まるだけであった。

 

つまり、3時間を買うために通常のチケットに比べて遥かに高額で、身体的負担もかかり、騒音のやかましい機体に乗ることになるわけである。

 

これほどまでに、緊急に3時間を短縮するニーズなどどれほどあるのか。その商業的見通しは最初から明らかだった。

 

これは言い換えれば、他の航空機メーカーも「やろうと思えばできたが、やらなかった」ことを、英仏は国家の威信を掛けて無計画に始めてしまったということだ。

 

その証拠に、それから半世紀が経過し技術的には超音速旅客機の開発など難しくない現在においても、未だにその商業運行がなされていないことからも明らかである。

 

速さという果実から得られるコストには、マーケットを形成するようなニーズは存在しなかった。

 

そして、「250機の生産で開発費の回収が可能」とされたコンコルドは、わずか16機が生産されただけで生産中止となり、やがて世界の空から姿を消した。

英仏が国家的威信をかけて共同で始めた大プロジェクトの、見事なまでの歴史的失策である。

 

そしてここに、大きな教訓がある。

繰り返しになるが、このコンコルド開発計画には当初から、

「そんなニーズはない」

「商業的失敗は明らかだ」

という冷静な意見が数多く挙げられていた。

 

しかし英仏両政府は、一度始めたこの国家的大プロジェクトを途中で中止することこそ真の失敗であるとして、頑として中止を決定しなかった。

 

航空機の開発は、乗用車のそれと違い、開発段階から受注が決まり、完成に先立ち納品先が決定される。

つまり、開発段階である程度の商業的成功/失敗が見通せるわけだが、それでも英仏両政府は絶対に開発をやめなかった。

 

そしてコンコルドは完成し、両国の国家予算を大食いし人類史上に残る大失敗として語られるほどの、素晴らしい成果を残して消えていった。

 

これが、「コンコルド効果(コンコルド錯誤)」と呼ばれる心理状態だ。

 

失敗は目に見えているのに、これまでに投資した金額が惜しいから止めることができない。

当初の目的が達成されないことは明らかなのに、目的とは違う様々な判断材料が目的化してしまい、プロジェクトを止めることができない。

 

これは経営者に限らず、わたしたちの日常にも見られる心理状況である。

「ここまでためたポイントがもったいないから、必要じゃないけど追加でもうひと品買おう」

「道に迷ったけど、引き返したらここまで歩いた分が無駄になるからとりあえず先に進もう」

などは、その典型だろうか。

 

コンコルドの開発計画を

「当時の英仏政治家はバカだったんだなあ」

と嘲笑することができるのは、このようなことを考えたことがない人だけだ。

 

誰でも必ず、当時の英仏政治家の立場に立たされたら、同じ判断をするだろう。

コンコルド効果とは、これほどまでに逃れ難く、私たちの心を支配している。

 

山登りの基本は、「迷ったら引き返す」

話を最初に戻したい。

「マーズ-火星移住計画-」で描いていたのは、決して成功した英雄ではなく、まさにこのコンコルド効果に陥っていた経営者だ。

 

しかしドラマは、このような困難な決断の末に成功する物語が大好きだ。

だからこそ、このようなドラマに勘違いした素人経営者は好き好んで失敗する道を選び、ドラマを求め、そして会社を潰す。

 

特にこのドラマの場合、致命的な設定は、経営者自身の努力の及ぶ範囲が限られていたことだ。

さらに、僥倖に社運を託したことを「意志の強いカッコいい経営者」とする設定も無茶である。

 

さすがにこれでは、感動好きの視聴者も「んー・・・微妙」と思うだろう。

苦難の末に成功する経営者がカッコいいのは、自ら汗をかき、知恵を絞り、最後の最後まで現場で力を尽くすからだ。

 

しかしそれでも、そのような成功体験を真に受けるのは危険なほどに、成功はあらゆる条件が揃ったときにしか訪れない。

 

いろいろと大事な要素が、このドラマには足りなかったかも知れない。

冷めた目で見れば、「この経営者、ただコンコルド効果に陥ってるだけだよね」と思われるのがオチだ。

 

ところで、経営者としてこのような心理状況に陥らないためには、どうすれば良いのか。

 

もちろんそんな魔法の方法はありえないのだが、例えば山で遭難した時のような、命の危険を感じる程の状況を思い経営判断を下してみることだ。

 

山登りの基本は、「迷ったら引き返す」である。

つまり、地図に載っているところまで戻り体制を立て直すこと。すなわち原点回帰だ。

そうしないと、山では確実に命を落とす。

 

これまで進んだ道のりがもったいないからと更に先を進めば、確実に遭難死する。

目的に対し純度の低い動機で経営判断を下しそうな時は、道に迷い遭難しかけている山の中にあると言う危機感で考えてみるべきである。

 

最後に余談だが、このコンコルド効果という心理状況と、いわば無意味とも言える行動。

霊長類だけに見られる行動で、なおかつ人間では、幼児以下では観察されないそうだ。

 

著名な経営者であっても時として陥るこのワナ。

状況によっては、幼稚園児にも劣る程度の判断力しか持てないということである。

頭に血が上っている時には、そんな事も思い出しながら深呼吸し、冷静になってみてはどうだろう。

 

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