2020/03/19

少なくとも仕事では「あいまいさ」は可能なかぎり排除されなくてはならない。

人間関係とは、極めて曖昧なものだ。

好きか嫌いか?
ウソか本当か?
信用できるか、信用できないか?

そうしたことは、一つ一つをクリアに出来る性質のものではない。

下の本のように、シュレーディンガーの猫よろしく、「好きでもあり、嫌いでもある」とか「ウソでもあり、本当でもある」とか「信用できるけど、信用できない」と言った状態が、実際に存在し得るのである。

だから、人間関係をクリアに定義づけることは
ケンカの種になるし、対して良い結果を産まない。

ただ「仕事」にこの感覚をそのまま持ち込んでしまうと、問題が頻発する。
例えば、

「成果が出ているようであり、出てないようでもある」とか
「打ち手が正しいようであり、正しくないようでもある」とか
「予算はあるけど、ない」とか。

こうした発言は、働く人達を大いに悩ませる。

例えばこんな会話だ。

「課長、提案書できました。」
「お、ありがとう見せてくれ。」
「どうぞ。指示のあった、「お客様の要望」「現状の課題」「課題解決のための施策」「見積もり」「スケジュール」はすべて、盛り込みました。」
「お、いいね。」
(課長がパラパラと提案書を眺める)
「どうですか課長?」
「んー、悪くない。」
「お、では私はこれで……」
「ちょっとまって。」
(課長はブツブツ考えている)
「なんですか?」
「あのさ、なんかこれ、今ひとつなにかが足りないんだよね。」
「……と、申しますと?」
「んー、なんだろうな……。」
「課長、そういわれましても……もう遅いですし、本日はこれで失礼しようかと。」
「いやいや、ちょっと待ちなさい。なにか足りない。」
「課長がおっしゃっていた項目は全部、入ってますよ。何が足りない、っておっしゃるんですか?」
「……最初の挨拶かな……うん。」
「じゃ、最初の挨拶いれますね。」
「うーん……ちょっと考えてみてよ。」
「いや、課長が足りないと思うんだったら、課長が考えてくださいよ。」
「わっかんないかなー、この感覚、いい加減に仕事してるからじゃない?」
「(……ハァ?怒)」

特に非生産的なのが、上の例にもある通り、
「指示が曖昧なこと」だ。

そして、その延長にある
「成果が曖昧なこと」。

さらに言えば、成果が曖昧だと、
「評価が曖昧なこと」が問題になる。

実際、上では課長が「なにか足りない」と言っているようだが、それを言語化できないのは部下の責任ではなく、上司の無能の責任だ。

このようなことを述べると、「仕事ってのは、相手の考えていることを先読みしてやるもんだ」とか言う
人が出てくる。

もちろん「ある程度は」それが可能な人もいるし、実際に上のようなシーンで、課長の求める成果品を出してしまう人もいるだろう。

だが、それはあくまで「例外」であるし、全員ができるわけではない。
マネジメントのデフォルトに据えてしまうのは最悪の行為である。

いや、仮にこの部下が「どうしようもなく、できない人」で、あったとしても、
課長の発言は正当化できない。

なぜなら、課長はお客さんと同じような立場に立って、単に「文句」を言っているだけで、何ら具体的な解決策の提示もしていないからだ。

上司は部下に合格、不合格の基準を明確にする必要があるが(それが品質管理だ)
この課長はそれを全面的に放棄している。
いわば、部下に考えることを丸投げしているだけである。

したがって「相手の考えていることを先読みして」と言う前に、課長は自分の思ったことを言語化し、明確にする努力をする必要があるし、
それができないのであれば、部下の作ったものに対してケチを付けてはいけない。

さて、上のようなことが常態化している会社は、一体どうなってしまうのか。
結論から言えば、会社のマネジメントは崩壊する。

上司の指示が気分でコロコロ変わり、
成果の定義が示されず、
どのように仕事をしたら評価されるのか全くわからない世界では、誰も仕事の成果を追求しなくなる。

すなわち、マネジメントの崩壊だ。

逆に、卓越している会社は「成果」を明確にするために手を尽くす。
良い目標を創るために邁進する。
なぜなら、成果を明確に定めると、実際に業績が上がるからだ。

グーグルの業績管理システムはつねに目標設定から始まった。2000年代初め、グーグルの取締役だったジョン・ドーアは、インテルが使って大成功を収めていたある手法を目にし、グーグルに導入した。それがOKR(ObjectivesandKeyResults:目標と主要な結果)だ。
結果は具体的、計測可能、検証可能でなければならず、すべての結果を達成すれば目標を成し遂げたことになる。
(中略)
目標というテーマに関しては、学術調査と直感が一致する。つまり、目標を設定すると業績がよくなるのだ
(出典:東洋経済新報社 ラズロ・ボック ワーク・ルールズ)

繰り返しになるが、Googleを始めとした、優れた会社では、皆が「成果を明確に定めること」に血なまこである。

我々は何をすべきか?
我々がやろうとしていることは正しいか?
我々がやったことはどのような結果を生んだか?
我々はどのような軌道修正を加えなければならないか?

こうした情報は「明確」に定義をしなければ、決して得られないことばかりである。

かつて日本の多くの企業は「成果を出す」ことではなく「和を保って皆で仲良くやる」ことを主眼においていた。
だから上司の極めて曖昧な指示に対して「忖度」し、職場の和を保つことが仕事の要件として重視されていた。

しかし、もはやそのような時代は過ぎ去った。
企業は成果を出さねばならず、成果を出せない会社は市場からすぐに追い出される、誠に公平な世界が広がった。

そのような状況の中、未だに「曖昧な指示」を出しておきながら許される上司がいるのは、もはや驚きというほかない。

少なくとも仕事では「あいまいさ」は可能なかぎり排除されなくてはならない、これは現代のビジネスパーソンであれば、
誰もが心に留めておくべき教訓である。

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